Oct 22, 2012

Ch31-6

Recognizing The Spirit

スピリット(霊)を認識する


肉体を見ているか、スピリットを見ているか。 あなたはそのどちらか一つを行なっているのです。 

これら二つの間の妥協は不可能です。

{肉体とスピリットの}どちらか片方がリアルなら、もう片方は間違いなのです。

何故なら、リアルなものはその反対物を否定しているのだから。

ヴィジョンの中で、これ以外の選択は存在していません。

この中であなたが決断したことがあなたの見る全てを(そしてあなたがリアルだと考え保持する全てを)決めるのです。

この選択にあなたの全世界が依存しているのです。 何故なら、ここにおいて「あなたが何か(あなた自身の信念の中で、あなたは肉体か、それともあなたはスピリットか)」あなたが確立しているのだから。

もしあなたが肉体を選んだなら、あなた自身のリアリティとして体からあなたが逃れることは決して出来ません。 何故なら{その時}あなたは「自分がそれ(肉体として存在すること)を望んでいる状態」を選択したのだから。

しかしスピリットを選択したなら、天国の全てが回転してあなたの目に触れるのです。 そして全ての天国があなたの聖なる視界を祝福して、癒やしと安楽をもたらし祝福する目的以外には肉体の世界を全く見なくなるのです。
 
 
救済とは解除なのです。
もし体を見ることをあなたが選択しているなら、あなたは分離した世界(繋がりや関係のない物体、あるいは意味を成していない出来事)を見ているのです。{分離した世界の中では}コレが出現し死の中に消えて行き、アレが苦しみと消失に落とされているのです。

そして誰も一瞬前と全く同じでは無く、彼の今の状態と一瞬後の状態は同一ではないのです。

これ程の変化が見られている所を誰が信頼すると言うのでしょうか? そのうち塵と消えてしまう人を信頼することが出来るでしょうか?

救済とはこれら全てが解除されることなのです。

救済によって『「罪悪を保つことのコスト(代償)を見続けることから解放された目」を持っている者達の視界』に不変性(統一性)が現れるのです。 何故なら彼等(解放された目を持っている者達)は罪悪を、保つのではなく、手放すことを選んだのだから。


救済は「あなたがスピリットだけを見て体を知覚しなくなること」を求めません。
救済は「これが(救済を求めることが)あなたの選択に成ること」を求めるだけなのです。

何故ならあなたは、{聖霊の}助けなくして体を見ることが出来るのですが、どのようにして体から離れて世界を見るべきか理解していないのだから。
あなたの世界を救済が解除するのです。そして「あなたの目には決して見つけることの出来ない他の世界」をあなたに見せるのです。


これがどのようにして行なわれるのか思い悩むのは止めなさい。

「あなたに見えているものがどの様にして立ち昇りあなたの視界/視線と出会っているか」あなたは理解していません。 もしあなたがこれを理解していたなら、それ(あなたに見えている分離した世界)は消え去っていたことでしょう。

無知のヴェールが悪と善の上に覆い掛けられ、{それから}それら両方{善と悪の両方}が消えるように{ヴェールが}取り払われ、知覚の隠れ場所が無くなるのです。

どのようにしてこれが行なわれるのでしょうか?

これは全く行なわれないのです。

神が作った宇宙の中に「行なわれなければならないこと」などが存在し得るでしょうか?

傲岸の中でだけ「あなた(自分)は天国の境地まで到達しなければいけない」と考えることが可能なのです。

{だから聖霊によって}『「あなたが作った世界」に取って変わる世界』を見る方法があなたに与えられるのです。

あなたの意志が為されます! 地の上でもそうなっているように、天国の中でこれが永遠に真実なのです。

自分が何処にいるとあなたが信じているにしろ、自分のリアルな真実がどのようなものであるとあなたが考えているにしろ、あなたが何を見ていたにしろ、何を感じて、何を考えて、何を願っていたにしろ、{それらの状況の違いに係わらず、「あなたの意志が為される」が等しく当て嵌まるのです}。

何故なら「汝の意志が為される」と神自身が言ったのだから。

そしてそれが{あなたが意図したことが}あなたの上にも行なわれるのです。
「神の子を自分の思い通りに見る選択をすること、自分が見たいように神の子を見ること」が出来ると信じているあなたは、「あなたの自己概念」があなたの真実に反して立っていることを忘れないでください。


真理を解除する(取り消す)ことは不可能です。

でも概念を変えることは難しくありません。

『(今まであなた達が知覚して来た絵とは合致していない)一つのヴィジョン』をクリアに見たなら、そのヴィジョンが「見ることを学んだ目」の為に世界を変えるのです。

何故なら、{このヴィジョンの体験を通して、あなたの}自己概念が変わったのだから。


あなたは不死身(不可侵)でしょうか? そうであるならば、あなたの視界の中で世界は無害なのです。

あなたは赦していますか? そうであるならば、世界は赦されているのです。

何故なら、あなたは世界の罪を赦したのだから。

だから、{あなたが赦した時}「世界をあなたのものとして見ている目」で世界があなたを見ているのです。{「あなたが世界を見ている目」で世界があなたを見るのです。}


あなたは体でしょうか? そうであれば、世界の全てが非情に{あなたを}殺そうとしているように知覚されるのです。

あなたはスピリット(霊)で、不死で、腐敗や死の影が約束されていないものでしょうか? そうであれば、世界は安定してあなたの信頼に値するように見え、「(愛されており何も怖れる必要の無い)暫く休むことが出来るハッピーな場所」に見えるのです。


親切な心の中に誰が迎え入れられないと言うのでしょうか?

真に無垢な者が何に痛められるというのでしょうか?

汝の意志が為されるのです、神の聖なる子よ。

自分は天国に居るとあなたが考えていたにしろ、あるいは自分は地上に居るとあなたが考えていたにしろ、あなたの父があなたの為に意図したことは決して変わりません。

あなたの中の真理は、星のように輝き続け、光のようにピュアに、愛自身と同じように無垢なのです。

そしてあなたは愛にふさわしいので、あなたの意志がなされるのです。

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