Jan 29, 2012

Ch27-9

The "Hero" of the Dream
夢の「主人公」

世界の夢の中では体がその中心的存在です。
体無くして夢は在りません。そして夢無くして体は存在しません。
夢の中で体はあたかも人であるかのように振舞い、人として見られ、人として信じられています。
全ての夢の中で体がその中心の場所を占めており、「それがどのようにして他の体から生み出されたか、体の外にある世界の中に生み出されたか、そして暫くのあいだ生きて、それから死んで、灰の中で(やはり死んでしまった)他の体達と再会する」というストーリーを語るのです。

与えられた僅かな時間にそれは生き、友達としてそして敵として他の体を捜し求めるのです。体の安全がその主な心配事です。体の安楽がその原則的ルールです。
それは快楽を求め、痛みを与えるものを回避しようとします。
しかし何よりもそれ(自分を体だと考えている者)はそれ自身に対して「苦痛と喜びは異なるもので区別することが出来る」と教えるのです。

体は「それが独立しておりリアルなのだという証明」を色々な方法で求めるので、世界の夢は色々な形で現れています。
体は、それが「価値があり有用だと世界によって認められている鉄の円盤や紙切れ{貨幣や紙幣}で買い求めたもの」をそれ自体に取り付けます。
それ(体)はそれら(お金)を取得する為に働き、無意味なことを行ない、「それ(体)が必要としていない求めてさえいない無意味なもの」の為にそれら(お金)を投げ捨てます。
それは他の体を雇ってそれを守らせようとします。
そしてそれ(体)は「それ(体)が所有しているもの」と呼べるより多くの無意味なものを集めようとします。
それ(体)は、その夢を共有出来る特別な体達を捜し求めます。
それは時には、それ自身よりも脆弱な体の征服者であることを夢見ます。
しかし夢のどこかの段階で、それ(あなたの体)は(それを虐げ痛める)他の体達の奴隷なのです。

誕生の時から死亡までの体の冒険遍歴が世界が今まで提供して来た全ての夢のメインテーマ(主題)なのです。
この夢の「ヒーロー(主人公)」は決して変らず、その目的も変りません。
夢そのものはあらゆる形を取っており、「主人公」が存在する様々な場所や出来事のバリエーション(変化)を示している様に見えていますが、夢は(様々なやり方で教え込まれる)一つの目的しか持っていないのです。

この一つのレッスンを夢は何回も何回も教え続けようとし続けるのです。
夢が教え込もうとしているこのレッスンとは『それ(夢/世界/体)は「原因」であって「効果/結果」ではない。そしてあなたはその(夢/世界/体)の結果で、その原因では在り得ない。 だからあなたは夢見ている人ではなく「夢/結果/体」なのだ。 』ということなのです。
だからあなたはそれ(世界/夢)が作り出している場所や出来事の中を所在無く怠惰に行き来しているのです。 これが「体」がすることの全てなのです。何故なら、それ(体)は夢の中の影でしかないのだから。

しかしこれらの形(体)がリアルであると考えない限り、だれもこれら(形)に反応する人達はいないでしょう。
彼がそれらの形をそれそのものとして(形の真の姿を)見た途端、それらは彼に対してはもう何の影響も持たなくなるのです。 何故なら、彼自身がそれらの形を発生させることによって(そしてそれらの形をリアルに見せることによって)それらの形にその影響力を与えていることを彼は理解するのだから。
あなたは「世界が今まで持ってきた全ての夢の効果/結果を逃れること」に対してどれだけ意欲的に(従順に)なれるでしょうか。
 
『どのような夢も「あなた」がしていることの原因に見えないようにすること』をあなたは願っていますか?
夢の始まりだけを見続けるのは止めましょう。{夢の原因として見えている部分だけに意識を囚われてしまうのは止めましょう。}何故なら、あなたが見ている部分は「第二」の部分で、その「原因」は第一部分の中にあるのだから。

眠ってこの世界の中で夢見ている人達は誰も自分が自分自身を攻撃していることを覚えていません。
「自分が体を全く知らなかった時があったこと、そしてこの世界がリアルであるとは全く考えられなかった時があったこと」を信じている人は{この世界の中には}誰も居ません。
{自分が体ではないことが解ったなら、この世界がリアルではないことが解ったなら}(自分は体である、この世界はリアルであるといったような)これらのアイディアが(余りに馬鹿らしくて笑い飛ばすしかない)一つの幻想であることが直ちに解ったはずです。
これらのアイディアは今なんと深刻に(リアルに)見えていることでしょう。そして自分達がこれらのアイディアを笑って信じなかった時があったことを{この世界の中では}誰も思い出せないでいるのです。
これら(のアイディア)の原因を直接見さえしたなら、わたし達はこれを思い出せるのです。
そしてわたし達は(怖れの原因ではなく)笑い出すべき事実を見るのです。
わたし達は夢見ている人に(夢見ている人が捨て去った)夢を返しましょう。夢見ている人は、夢を彼自身から分離しているものとして知覚しており、世界(の様々な出来事)が彼に対して行なわれていると知覚しているのです。

全てが一つである永遠の中に、小さな狂気のアイディアが入り込み、神の子はそれを笑い飛ばすことを忘れてしまったのです。
彼(神の子)がこのアイディアを笑い飛ばすことを忘れたので、これが(達成可能でリアルな結果を生む)シリアスなアイディアに成ってしまったのです。
わたし達は一緒にこれら(この狂気のアイディアが達成可能でリアルな結果を生み得るという考え)両方を笑い飛ばせるのです。そして時間が永遠の中に侵略して来ることは不可能だと理解することが出来るのです。
時間がやって来て永遠を包囲出来ると考えることはジョークです。
永遠とは時間が存在していないという意味です。
無時間性の中で時間がリアルに作られている(時間感覚がでっち上げられている)のです。
自分自身を攻撃出来る神の一部、敵としての分離している兄弟姉妹、体の中のマインド、これら全ては「同じ場所をグルグル回り続ける一形態」なのです。
その「終わりの部分」はその「初めの部分」から始っており、その終わりがその原因なのです。{その原因(夢の原因)の下に返って行ってそれ(夢)は終わっているのです。}

あなたが見ている世界は「あなたがしたと思ったこと」を忠実に描写しているのです。
ただし「あなたが(誰か/何かに対して)したこと」が今度はあなたにされていると、あなたは考えているのです。
「あなたが考えた罪悪」があなたの外に設置されているのです。
「あなたの考えた罪悪」が(あなたの夢を夢見ている、そしてあなたの代わりにあなたの思考を考えている)「罪に満ちた世界」の上に設置されているのです。

それ(あなたが夢見ている「罪に満ちた世界」)が、あなた自身の復讐ではなく、(あなたから独立した)それ自身の復讐を持ってくるのです。 それはあなたを体の中に閉じ込め、体がその夢の中で行なう全ての罪深いこと故に、それ(罪に満ちた世界)は体を懲罰するのです。 あなたは体が行なう邪悪な行為を止める力を持っていないのです。何故なら、あなたはそれ(体)を作っておらず、その(体)の行動や目的や運命をコントロールすることは出来ないのだから。 {とあなたが夢見ている世界の中であなたは考えているのです。}

世界は『「あなたが他者に対して行なったとあなたが考えていること」を他者があなたに対して行なうとあなたは信じる』という古代の真理だけをデモンストレーションしているのです。

しかし「彼等」のせいにすることによって一度自分の目をくらましてしまったなら、あなたは彼等がしていることの「原因」が見れなくなってしまいます。
何故なら、その場合あなたは彼等の上に罪悪が置かれることを望んでいるのだから。{何故なら、その場合あなたは彼等の上に「問題の原因」が与えられることを望んでいるのだから。}

あなた自身の外に罪悪を押し出してあなたの無垢を保とうとするこの奇妙な装置(操作)は何と子供染みているのでしょう。
あなたが自分の周りに、その重い結果{罪の報い}だけを(結果の原因を見ることなく)見ている時、{原因と結果を取り違えている}この茶番を認識することは簡単ではありません。
原因抜きで見られたなら、その効果は確かに深刻で悲しく見えるのです。
しかし効果は原因に従って起こっているだけなのです。
そして効果の「原因」こそが効果を与えて(結果を作って)いるのです。
だからこれ(効果と原因を取り違えること、体が自分の原因だと考えること)は茶番なのです。

(優しい笑い声の中で)聖霊は原因を知覚し結果は見ません。
それ以外にどうやって、原因を完全に見越す彼(聖霊)が「あなた」の間違いを修正出来るというのでしょうか?
全ての酷い怖ろしい効果/結果を自分(聖霊)の下に持ってくるよう彼(聖霊)は言うのです。酷い怖ろしいもの/ことの馬鹿げた原因をあなたが彼(聖霊)と一緒に見て、彼と一緒に暫く笑えるように。
そして彼(聖霊)の裁きにより効果(結果)が取り除かれるのです。
「あなた」は効果を裁いて(判断/決定して)います、しかし彼(聖霊)は効果の「原因」を裁くのです。そして彼の裁きにより効果/結果が取り除かれたのです。

もしかしたらあなたは泣いていたかもしれません。しかし「私の兄弟よ、神の聖なる子よ、その中で{あなたを苦しめる}このようなことが起こり得る『あなたの怠惰な夢』を見てみなさい。」と彼(聖霊)が言うのを聞き、あなたは笑いと共に聖なる瞬間を去り、あなたの兄弟姉妹も彼(聖霊)と一緒に繋がるのです。

救済の秘密とは次のことだけなのです: 「例えどの様な形の攻撃を受けているように見えても、あなたはそれを自分自身に対して行なっている。」 
攻撃がどのような形で起こっていても、それでもこれ(上記)が真実なのです。
誰が敵/攻撃者の配役を受け取っていても、それでもこれが真実なのです。
あなたが感じている痛みと苦しみの原因がどのように見えていても、それでもこれが真実なのです。

何故なら、自分が夢見ていると知っている時には、あなたは夢の中の形/人物には全く反応しないのだから。
これが自分の夢だとあなたが認識出来ていたなら、夢の中の人物があなたに影響を与えることは出来ないのだから、彼等がどれだけ憎しみに満ちて猛り狂っていても問題はないのです。
このレッスンを習得したなら、あなたは苦しみから(例えそれがどのような形を取っていたにしろ)解き放たれるのです。

(あなたに痛みをもたらしている苦しみの形がどのようなものであったにしろ)聖霊はこの一つの包括的解放のレッスンをそれが学び取られるまで繰り返すのです。
あなたを苦しめているもの全てを彼(聖霊)の下に持って行きなさい。彼はこのシンプルな真実で全てに答えるのです。
何故なら(あなたを苦しめているもの全てを聖霊の下に持って行きなさいという)この答えが全ての悲しみと痛みの原因を取り払うのだから。
(痛みや苦しみの)形は彼(聖霊)の答えには全く影響を与えません。{あなたの苦しみや痛みがどのような形で現れていても、聖霊の答えは同じです。}
何故なら彼(聖霊)はそれら全て(あらゆる形のあなたの苦しみと痛み)の単一の原因をあなたに教えるのだから。
そして{聖霊の答えを聞いた}あなたは、「私がこのことをしたのだ。そして私はこのことを解除する。」というシンプルな文章/宣言を奇跡が反映していることを理解するのです。

だから全ての形の苦しみを「全ての苦しみが同じであることを知っている彼(聖霊)」の下に持って行きなさい。
彼(聖霊)は違いが存在していない所に違いを見ないのです。そして彼(聖霊)はどのようにしてそれぞれの苦しみが起こっているか(あなたの苦しみの原因が何か)あなたに教えます。
全ての苦しみの原因は同じで、全ての苦しみは本当に学ばれた一つのレッスンで簡単に解除されるのです。

救済とはあなたがあなた自身から隠してきた秘密なのです。 
宇宙がそう宣言しているのです。
しかし救済の証人に対して{まだ}あなたは全く注意/意識を与えていないのです。
何故なら彼等(救済の証人)は「あなたが知りたくないと思っていること」を証言しているのだから。
だから彼等(救済の証人)がそれ(救済)をあなたから秘密にしているように見えているのです。

あなたは「自分は聞かない/見ない選択をしている」と学ぶ必要があるだけなのです。
これが認識された時、あなたは世界を今までとはとても違うように知覚し始めるのです。
あなたが世界から「あなた」の罪悪を赦した時、あなたはそれ(罪悪を表している世界)から自由になるのです。
世界の無垢はあなたの罪悪を要求しておらず、あなたの無罪が世界の罪を必要としている訳でもありません。
これ(上記)は明確で、これはあなた自身だけに対して隠されている秘密なのです。
そしてこれ(「世界の無垢があなたの罪悪を要求しておらず、あなたの無罪が世界の罪を必要としていない」ことをあなたが秘密にしていること)が、あなたを世界から「分離」して保っているのです。 
{これが世界から分離した「あなた」を保持しているのです。}

今あなたは「あなた達両者は両方とも無罪か、でなければ両方とも有罪である」ということを学ぶ必要があるのです。
あなた達がお互いと異なっている(違っている)ということは在り得ないので、あなたが無罪なら兄弟姉妹も無罪で、あなたが有罪なら兄弟姉妹も有罪で、あなたの兄弟姉妹が無罪ならあなたも無罪で、あなたの兄弟姉妹が有罪ならあなたも有罪なのです。
これがまだ学ばれていない唯一の秘密なのです。そして(これが学ばれたなら)あなたが癒やされていることが秘密ではなくなるのです。

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