Jun 26, 2013

Ch30-05

The Only Purpose

唯一の目的
 

リアルな世界とは「赦しを世界の唯一の目的として見ているマインド状態{赦しだけが世界の唯一の目的であると考えているマインド}」なのです。

赦しの価値が知覚{理解}され、(アイドル達のギフトがもう尊ばれなくなることによって)アイドルがもはや求められなくなり、アイドルが赦しで置き換えられるのです。

怠惰に設定されるルールは無くなり、「何となく{偶然によって}設置されているルール」は存在しなくなり、捻じ曲げて怖れの夢の中にフィットさせる為に誰かに対して要求する必要も無くなるのです。

そして『全てのものは先ず始めに赦され、「それから」理解される必要がある』と認識されるのです。

ここでは{怖れの夢の中では}「攻撃することにより理解が得られる」と考えられているのです。

そこでは{赦しだけが世界の唯一の目的であるリアルな世界の中では}攻撃によって理解が失われていることが明確に成っているのです。

 

{これによって}「罪悪をゴール(目的)として追い求めること」の馬鹿らしさが良く理解されるのです。

そこではアイドル達は求められていないのです。 何故なら、罪悪があらゆる形の痛みの原因として認識されているのだから。

誰も{アイドル達の}その空虚なアピール(魅力/呼び掛け)によって誘惑されないのです。

何故なら、苦しみと死が「求めるべきでないもの、追い求めるべきではないもの」として知覚されるようになったのだから。

自由の可能性が把握され歓迎されて、それ(自由)を得る方法が今理解されるようになったのです。

世界が希望の場所に成ったのです。何故なら、「幸福の希望が満たされ得る場所に成ること」だけが世界の唯一の目的なのだから。

そして誰もこの希望の外に立ってはいないのです。何故なら、「希望が夢以上のものに成る為には、全ての者達が世界の目的を共有している必要がある」という信念の中で世界が合一/統合されたのだから。

 

まだ天国は{完全には}思い出されていません。何故なら、赦しの目的がまだ残っている{まだ達成されていない}から。

しかし全ての人達は「彼(自分)が赦しを超えて行き、それが彼自身(自分自身)の中でパーフェクトにされるまで、彼(自分)が居残ること」を確信しているのです。

彼はこれ以外の望みは持っていないのです。

そして彼は彼の目的の中で彼自身と合一している(統合され一つに成っている)ので、怖れが抜け落ちていったのです。

彼の中にはハピネスの希望が常に確実に在るので、彼は待ちきれず、しかし足がまだ地に触れている状態でもう少し待つのです。

「全ての手が繋がって、全てのハートが立ち上がり彼と共に行く用意を整える」まで彼は喜んで待つのです。

何故なら、このようにして、「全ての赦しを越えて行くステップ」に対する「彼」の準備が整うのだから。

 

最後のステップは神の歩くステップです。

何故なら、「パーフェクトな子を創造し、自分の父権を彼(子)とシェアする(分け与える)こと」が出来るのは神だけだからです。

天国の外に居る者達は誰も、これがどのようになされるか知らないのです。

何故なら、これを理解しているのが「天国そのもの」なのだから。

リアルな世界でさえも、創造と永遠よりも下の目的(創造と永遠にはまだ満たない目的)を持っているのです。

しかし{それでも}怖れは消えています。 何故なら、{リアルな世界の}その目的は赦しであって、偶像崇拝では{もはや}ないのだから。

このようにして天国の子が彼自身(神の子自身)に成る準備が整い、「彼(子)の父が理解した全てを神の子が知っていると思い出し、それを彼(神)と共にパーフェクトに理解していると思い出す」準備が整うのです。


リアルな世界はまだ{上記の}この状態には届いていないのです。

何故なら、これが神自身の目的だから。 これは神だけの目的であって、しかしこれは完全にわかち合われており、パーフェクトに満たされているのです。

リアルな世界とは、「アイドル達がまだ知覚されている時でも、一旦アイドル達がもう求められなくなったなら、アイドル達がどれだけ簡単に消えて行くか」マインドが学んだ状態なのです。

「アイドル達が無で、アイドル達は何処にも居らず、無目的である」と理解された時、マインドはとても意欲的にアイドル達を手放せるのです。

何故なら、{実在しておらず無目的であるアイドル達を意欲的に手放せた時}初めて、罪悪と罪を目的抜きで見ることが出来るようになり、したがって罪悪と罪を無意味なものとして見ることが出来るようになるのだから。

このようにして「リアルな世界の目的」が意識の中に優しく導入され、罪と罪悪のゴールと取り替えられるのです。

そして『「あなた自身に対するあなたのイメージ」と「あなたであるもの(本当のあなた)」の間に立ちはだかっている全て』を赦しが喜び洗い流すのです。

しかし「彼のもの」が彼のもとに戻される為に、神が神の子をもう一度創造し直す必要はないのです。

あなたの兄弟とあなた自身の間のギャップは全く実在していなかったのです。

そして「神の子が創造の中で知っていること」を彼(神の子)はもう一度知る必要があるのです。


怖れの世界の中で兄弟達が{赦しの}目的の内に繋がった時、彼等は既にリアルな世界の縁に立っているのです。

もしかしたら彼等はまだ振り返り、自分達が求めているアイドルを見ていると考えるかもしれません。

しかし確かに彼等の道(行き先)はアイドルからリアリティへと切り替えられているのです。

何故なら、彼等が手を繋いだ時、彼等はキリストの手をとっているのだから。

そして彼等は、彼等が{自分達が}手を繋いでいる「彼」を見るのです。

父が思い出される前に、キリストの顔が見られるのです。

何故なら、神の子が赦しを超えて神の愛へ届くまで、神は思い出されないのだから。

しかし先ず第一にキリストの愛が受け入れられる必要があるのです。

それから「彼等(兄弟姉妹)がひとつであるという知識(叡智)」が来るのです。

自分が誰の手を握っているかあなたが理解した時、「怖れの世界の狭い境界線を亘るステップ」は何と軽く簡単なのでしょうか。


{彼の手を握っている}あなたの手の中には『怖れから遠ざかる為に必要な「パーフェクトな自信」の全て』が在るのです。

そして{彼の手を握っているあなたは}真っ直ぐ進み、天国の門そのものに急速に届くのです。

何故なら、あなたがその手を取っている「彼」は、「あなたが彼自身と繋がることをだけを待っていた者」なのだから。

あなたがやって来た今『「彼」が「あなた」と共に歩むべき道』を示すことを彼が遅らせるでしょうか?

彼の父の祝福が彼の上に置かれていると同じだけ確実に、彼{神の子}の祝福があなたの上に置かれているのです。

あなたに対する彼{神の子}の感謝は理解を超えているのです。何故なら、「彼が鎖から自由に成って立ち上がり、あなたと共に彼の父の家に行くこと」をあなたが可能にしたのだから。

古代の憎しみは世界から消え去って、それと共に全ての憎しみと怖れが消え去ったのです。

もう振り返るのは止めなさい。 何故なら、「あなたが心から求めていたもの全て」がこの道の先にあるのだから。

 

世界を放棄(ギブアップ)しなさい。

しかしそれは世界を犠牲にする為ではなく、あなたはそれ(世界)を全く求めてはいなかったのだから。

「ここであなたが求めたハッピネス」であなたに痛みをもたらさなかったものが何かあるでしょうか?

{一時的に得られたと思われていた}満足の瞬間も「苦しみのコインで支払われた怖ろしい代償」によって得られていたのではないでしょうか?

喜びにはコスト(代償)が掛かりません。

喜びはあなたの神聖なる権利で、喜びの為にあなたが支払うものはハピネスではありません。

{喜びの為にあなたが幸福を代償にする必要はありません。}

正直な心によってあなたの道を早く進みなさい。

そして過去を振り返ることによってここでのあなたの体験に騙されないようにしなさい。

ここでのあなたの様々な体験は苦い支払いや喜びの無い結果から自由では無いのです。

誠実(正直)と共に振り返るのでなければ、{過去の体験を}振り返るのは止めなさい。

そしてアイドルがあなたを誘惑しているなら、次のことを考えなさい。

「罪悪のギフト」以外のものをアイドルがあなたに与えたことは全くないのです。

「痛みのコスト無しでもたらされたギフト」は一つも無かったのです。

そしてそれ(痛みのコスト)をあなが一人で支払っていた訳でも決してないのです。

 

であれば、あなたの兄弟に対して慈悲深く在りなさい。

そして「あなたと共に彼(兄弟)もコストを支払うこと」を思い出して、無思量にアイドルを選ぶことは止めなさい。

何故なら、「あなたが振り返った時に誰の手を握っているか」あなたが知覚していなかったなら、「彼」は遅れてしまうのだから。

であれば、前を向いて自信を持って進みなさい。希望で弾んでおり(怖れで脅かされていない)ハッピーな心と共に。

神の意志は「手を繋いでいる者達」の中に永遠に置かれているのです。

彼等が繋がるまで、「『彼』が自分達の敵だ」と彼等は思っていたのです。

しかし彼等が繋がって目的を分け合った時、自分達の意志が一つであると学ぶ自由を彼等は得るのです。

こうして神の意志が彼等の意識に届くに違いないのです。

そして「神の意志が自分達自身の意志でしかないこと」を彼等が忘れ続けることも不可能なのです。

Jun 25, 2013

Ch30-04

The Truth Behind Illusions

幻想の後ろにある真理

 

あなたは「満足させないもの」を攻撃し、だから「あなたがそれ{あなたを満足させていないもの}を作り上げていること」があなたには見えないのです。

{だから}あなた達は常に幻想と戦っているのです。

{しかし}これらの幻想の背後にある真実はとても愛くるしく愛の優しさの中で静かなので、あなたがそれ{幻想の背後にある真実}に気付いたなら、あなたは防御を全て忘れて、その抱擁の中に駈け寄ることでしょう。

真理は攻撃され得ません。

あなた達がアイドルを作った時に、あなた達はこれ(真理を攻撃することは出来ないこと)を知っていました。

これ(真理を攻撃することは出来ないこと)を忘れることが出来るようにする為にアイドル達が作られているのです。

 

あなたは間違ったアイディアしか攻撃しておらず、決して真実のアイディアは攻撃していないのです。

全てのアイドル達は『「あなた自身」と「真実であるもの」の間に立ち昇っているとあなたが考えている「ギャップ」を埋める為にあなたが作った間違ったアイディア』なのです。

そしてあなたは「アイドル達が象徴{証言}しているとあなたが考えていること」故にアイドル達を攻撃しているのです。

しかし彼等の後ろに在るものは攻撃出来ないのです。


あなた達が作った(疲労し、不満足を訴えている)神々は大きく膨らまされた子供の玩具なのです。

閉じられている箱が急に開けられて木彫りの頭が飛び出した時、彼(子供)はビックリして恐れおののくのです。

あるいは、静かで柔らかい熊のぬいぐるみを彼が抱きしめた時、キュっと音がしたなら{やはり彼は驚くのです}。

{このようにして、}が箱や熊に与えた彼のルールが彼を裏切っており、彼が自分の周りをコントロールしようとする能力からそれらの玩具が飛び出しているのです。

彼はルールが自分を守ると考えていたので、{自分のルールが上手く働いていないことを見た}彼は恐くなってしまったのです。

すると彼は「箱や熊が自分を騙してはいなかったこと、箱や熊がルールを破っていないこと、{箱や熊の行動は}彼の世界がカオスに侵され危険に成っていることを意味してはいないこと」を学ぶ必要があるのです。

彼は間違っていたのです。

彼は、何が自分を安全にしてるか誤解しており、それ{自分を安全にしていたもの}が自分のもとを去ってしまったと考えていたのです。

 

「そこに本当は実在していないギャップ」は様々な形の玩具達で埋め尽くされています。

そしてそれぞれの玩具は、あなたがその玩具の為に設定したルールを破っているように見えます。

しかし、その玩具は「あなたが考えたようなもの」では(初めから、そして今でも)全く無かったのです。

あなたの作った安全のルールは間違っているので、玩具はそのルールを破る必要があるのです。

しかし{玩具があなたのルールに従っていないからといって}あなたが危険に晒されている訳ではありません。

あなたは、飛び出してくる頭や抱きしめられてキュウキュウ言っている玩具に対して(「玩具達は自分を脅かすものではない」と学んだ子供がするように)笑いかけることが出来るのです。

 

しかし玩具達で遊ぶことを止めない限り、『玩具達は「自分の喜びの為に彼が作ったルール」に従っている』と彼は知覚し続けるのです。

だから{玩具達で遊ぶことを止めない限り}、「玩具達が従っていないように見えているルール」が存在することに成り{つまり玩具達は子供のルールに完全に従ってはいないので}、それが彼を恐がらせるのです。

しかし彼が自分の玩具の被害者に成り得るでしょうか?

玩具達が彼に対する脅威に成ることが在り得るのでしょうか。


リアリティは神の法に従うもので、あなたが設定したルールに従うものではありません。

あなたの安全を確約しているのは神の法なのです。

あなたがあなた自身に関して信じている全ての幻想は、どのような法にも従っていないのです。

それらの幻想は、あなたがそれらに対して設定したルールに従って、少しの間踊り続けるように見えます。

しかしそれらの幻想は倒れて、再度立ち上がることは出来ません{あなた自身がその玩具/幻想でもう一度遊ぼうとしない限り}。

私の子供達よ、それらは玩具に過ぎないのです。

それらの為に嘆き悲しむのは止めなさい。{それらの玩具を失うことを厭うのは止めなさい。}

それらの踊りがあなたに喜びをもたらしたことは無く、しかしそれらはあなたを脅かす為のものでもなく、それらがあなたのルールに従うことであなたが安全に成る訳でもないのです。

それはを大切にする必要も、攻撃する必要もないのです。

それらを(それ自身では何の意味も持ってない)子供の玩具として見ればよいだけなのです。

あなたが玩具(幻想)の中に一つでも意味を見たなら、あなたは全ての玩具/幻想に意味があると見るのです。

あなたが玩具の中に全く意味を見なかったなら、玩具(幻想)があなたに触れることは無くなるのです。


様相(風貌/見かけ/appearances)は様相であってリアリティではないので、様相は騙すのです。

どのような形でもそれら{の様相}に留まる(こだわる)のは止めなさい。

それら{様相}はリアリティを不透明にしているのです。

そして様相は真理を隠しているので、だから様相が怖れを引き出すのです。

「あなたを騙させる為にあなたが作ったもの」を攻撃するのは止めなさい。

何故なら、そのようにして{攻撃することにより}、あなたが騙されたことをあなたは証明するのだから。

攻撃は「幻想をリアルに作る力」を持っているのです。

{攻撃することによって、幻想をリアルな臨場感と共に体験してしまうのです。}

しかし「それ{攻撃}が作ったもの」は無意味なのです。

誰が「リアルな効果を全く持ち得ない力」によって脅かされるというのでしょうか?

それは「何かを{物事を/相手を}それ自身と同じように見せる幻想」でしかないのです。

{このようにして作られている}玩具達を冷静に見てみなさい。そして彼等{玩具達}が空虚な願望に踊っているアイドルであることを理解しなさい。

彼等{玩具達}にあなたの崇拝を与えるのは止めなさい。何故なら、彼等はそこには居ないのだから。

しかし、攻撃の中ではこれもまた忘れられているのです。
{しかし、攻撃している間は、「アイドル達が実存していないこと」が理解出来ないのです。}

 

神の子は彼の夢{神の子の夢}から{自分を}防御する必要はないのです。

彼のアイドル達は、彼を全く脅かしていないのです。

彼のひとつの間違いは、それらのアイドル達がリアルだと彼が考えていることです。幻想の力に何が出来るというのでしょうか?

様相(見かけ/appearances)は『「騙されることを求めているマインド」を騙すこと』しか出来ないのです。

あなたは「(永遠にあなたをあざむきから遠くへ置く)シンプルな選択」をすることが出来るのです。

「これが{あなたがあざむきから遠ざけられることが}どのように行なわれるか」あなた自身が心配する必要は在りません。 何故なら、あなたはこれを理解出来ないのだから。

しかし下記の非常にシンプルな決断をした時、あなたは「意図の変化が素早く行なわれたこと」を理解するのです。

『あなたは「アイドルが与えているとあなたが信じているもの」を{それが何であるにしろ}求めてはいない。』

{「アイドルが与えてくれると自分が信じているもの」を自分は求めていない。}

何故なら、このようにして{このように言うことにより}神の子は「アイドル達から自分が自由であること」を宣言するのだから。 そして、これによって彼は自由なのだから。


確かに救済はパラドックスなのです。

それはハッピー・ドリーム以外の何で在り得るというのでしょうか?{救済はハッピードリームでしかないのです。}

「そこに存在していないもの」をあなたが見越せる{無視出来る}ようなる為に、そして「リアルでないもの」をリアリティとして見続けなくなるように、『「今までに誰も全くしたことがない全て」を赦すこと』があなたから求められているのです。

 

あなたは「あなたの意志がなされるようにさせること、そしてあなたが欲していないアレコレをこれ以上求めないこと」を求められているだけなのです。

そして『「あなたのリアリティではない夢の全て{あなたが決してリアルにはしなかった夢の全て}」からあなた自身を自由にして、もう「神の意志」を「怠惰な願いの力」で代用しようと願わなくなること』があなたに対して求められているのです。

ここにおいて、分離の夢が消え始めるのです。

 

何故なら{こうすることによって}、「あなたが作った怖れの玩具」が手放され「そこに実在していないギャップ{そこにギャップが存在していないこと}」が知覚され始めるのだから。

 

これ以上のことは{あなたからは}求められていないのです。

救済が(とても多くではなく)これ程少ししか必要としていないことを喜びなさい。

リアリティの中では救済は何も求めていないのです。{何故なら、リアリティの中に不足は無いのだから。}

しかし幻想の中でさへも、救済は「怖れを赦しで取り替えること」しか求めていないのです。

ハッピードリームのルールはこれだけなのです。

ギャップの中から怖れの玩具達が全て取り除かれ、するとそれ{ギャップ}がリアルでないことが明確に成るのです。

夢には{リアルな}目的がないのです。

そして神の子はそれらの夢を必要としていないのです。

夢は「神の子が求めるようなもの」を神の子に対して何も捧げていないのです。

神の子は神の子の意志によって幻想から解放され、「神の子である状態(彼の本来の姿)」へと修復されるのです。

「神の子の救済に関する神のプラン」は、 彼を彼自身に与える方法{神の子を神の子自身に与える方法}でしかないのです。