Jan 5, 2012

Seattle

私が住んでいる町シアトルはネイティブアメリカンの酋長の名前を英語風に発音したものです。
酋長シアトルが言ったとされる有名な宣言が伝わっています。インディアンが土地を放棄するか白人(アメリカ政府)に売り渡すことを求められていた公の場でシアトルがこの宣言を行なったそうです。
彼は特定のインディアン語でこの宣言を行い、それがChinookというより一般的なインディアン語に通訳され、それが英語に通訳されました。 その内容に関しては異なる様々なテキストが存在しています。
エコロジーの観点から書かれているもの、絵本のテキストとして書かれているもの。白人に対する呪いのように聞えるもの、白人に対する祝福のように聞こえるもの。 それらを私は読んできました。

下記はシアトルがこれらの言葉を喋った時その場に居合わせたDr. Henry A Smithがその言葉を出来るだけ正確に書きとめたと言われているものです。 

Seattle Sunday Star on Oct. 29, 1887, in a column by Dr. Henry A. Smith.

天高い空は語られることもない程長い年月に亘って私の民の為に慈悲の涙を流してきた。それはわたし達には不変で永遠に見えたが、それもまた変わるのだろう。

今日は晴れだ。明日は曇りかも知れない。
(しかし)わたしの言葉は決して変ることのない星の如く。
シアトル(私)が言うことを、ワシントンの偉大な酋長は信頼することが出来る。 私の言葉は(夜に沈んだ太陽が)朝戻ってくるように確実で、季節が巡り戻ってくるように信頼出来るものである。
白い酋長(白人の地方行政者)はワシントンの大きな酋長(アメリカ大統領)がわたし達に友好と善意の挨拶を送っているという。
彼(アメリカ大統領)は大変寛容である、何故なら彼がわたし達との交友を格別必要としてはいないことを彼はすでに知っているのだから。

彼の民は多く、その数は広大な平地を覆う草のようだ。
私の民は少ない。その数は嵐に在った沼地にチラホラ生えている木のようだ。
偉大で良き-と推定される-白い酋長は、「あなた達の土地を購入したい、しかしあなた達が安楽に住めるだけの土地を残そう」という言葉をわたし達に送ってくれた。
これは適切に思える。これは寛大にさえも思える。
何故なら、赤い人(ネーティブの部族)はもはや尊重を求める権利は持っていないのだから。 そしてわたし達はもはや以前のように広大な土地を必要とはしなくなってしまったのだから、これは賢明にも思える。

風に波立った海面が貝で覆われた海底を覆っていたように、わたし達の民が大地を覆い尽くしていた時もあった。 しかしそのような時は(今はもう苦しい記憶でしかない各部族の偉大さと共に)もう過ぎ去ってしまった。

私は、わたし達の衰弱について思いめぐらしたり嘆いたりするのはやめよう。
そして(私の部族の衰弱を促進した)白い顔の私の兄弟を非難することもしたくない。 何故ならわたし達自身もある程度その責を負っているかもしれないのだから。

若者は衝動的なものだ。
若者がリアルな(あるいは想像上の)不正に憤ったなら、自分達の顔を黒いペイントで塗って歪める。 これは彼等の心が黒く成っていることを示している。
そのような時若者達は残酷で容赦なく、年長の男も女も彼等を縛りとめることは出来ない。
これはこのように在り続けて来た。
白人がわたし達の祖先をより西にと押し続けてからも、これはこのように在り続けて来た。

わたし達の間に争いが二度と戻ってこないように願おう。
わたし達は{戦いからは}何も得る事がなく、全てを失ってしまう。
若者達による復讐は(例えその行為によって彼等が死んでしまったとしても)何かを獲得する行為と考えられている。 しかし戦闘時に家に残っている老人や母親は(復讐心に燃える若者達よりも)より正しき事を知っている。

ワシントンに居られるわたし達の良き父よ(キング・ジョージがその領域をより北に伸ばし始めて以降、彼は今やあなた達の父であると同時にわたし達の父でもあると私は推察する)、わたし達の偉大で良き父よ、わたし達があなたの望みに従ったならあなたがわたし達を守るという言葉をわたし達に送って欲しい。
彼(ワシントン)の勇敢な戦士達はわたし達を守る頑強な壁と成り、彼の素晴らしい戦艦がわたし達の入り江を満たし、北に居る古代の敵(Haida族、Tsimshian族)がわたし達の女や子供や老人を恐れさせる事はなくなるであろう。そうなれば実際彼はわたし達の父になり、わたし達が彼の子供になるであろう。 

しかしこれが本当に在り得るだろうか?
あなた達の神はわたし達の神ではない。
あなた達の神はあなた達の民を愛して、私の民を憎んでいる。
彼(あなた達の神)はその強い腕で愛しい白人を守り白人を導いている(丁度父がその幼子の手をとるように)。
しかし(もしわたし達が本当にあなた達の神の子供なのだとしたら)彼(神)は彼の赤い子供達(インディアン)を忘れ見捨ててしまっている。
わたし達の神、偉大なスピリットも、わたし達を忘れてしまったようだ。

あなたの神は、あなたの民のワックス(漆喰)を日々より強くしている。
もうすぐ彼等(白人達)は全ての土地に満ちるであろう。
私の民は、二度と戻ってこない急激な引き潮のように、消えつつある。
白人の神はわたし達の民を愛することが出来ない。 もしそう出来るなら、彼(白人の神)はわたし達を守ったであろう。

彼等(私の民)は誰からも助けが得られない孤児のように見える。
であれば、どうしてわたし達が兄弟で在り得るだろう?
どうしたらあなた達の神がわたし達の神に成り、わたし達の繁栄を新しくし、偉大さを取り戻す夢(願い)をわたし達の中に目覚めさせることが出来るのだろう。

もしわたし達が天国の父を共有しているというのなら、彼(父)はえこひいきをしているのに違いない{そのように私には思えてならない}。
何故なら彼(あなた達の神)は白人の子供達の前に現れ、しかしわたし達は彼(あなた達の神)をまだ見ていない。
彼(あなた達の神)はあなた達に法律を与えた、しかし(天空が星で満たされているようにかつてこの広い大地を満たしていた多くの)赤い子供達には言葉を与えていない。
否。 わたし達は異なる源をもつ異なる種族で、異なる運命を持っているのだ。わたし達の間には共通のものが殆どない。

わたし達にとって祖先の灰は神聖で、彼等の休む場所はあがめられるべき聖地だ。
あなた達は祖先の墓から遠く離れて、それを後悔していない様に見える。
あなた達の宗教は、あなたの神の鋼鉄の指で石の上に書かれており、あなた達はそれを忘れることが出来ない。
赤い人にはそれ(あなた達の神の教義)を理解することも憶えていることも出来ないだろう。

わたし達の宗教はわたし達の祖先の伝統なのだ。
(偉大なスピリットによって夜の聖なる時間にわたし達の祖先に与えられた)我等がオールド・メン(祖先)の夢、そしてわたし達の首長のヴィジョン、それはわたし達の民のハートの中に書き込まれている。

あなた達の死者は、墓の扉を潜って星の彼方に漂い出た途端に、あなたと彼等の誕生の地を愛することを止めてしまう。あなた達の死者は直ぐに忘れ去られ、二度と帰ってこない。
わたし達の死者は、彼等に存在を与えたこの美しい世界を決して忘れない。彼等は今でも愛している、青く茂ったこの谷を、静かな川を、偉大な山々を、隠れた渓谷を、みどりに縁取られた湖と湾を。そして穏やかで静謐な心の生活を愛情を持って渇望している。(彼等を訪れ慰め導く)幸福な狩りからの帰郷を、わたし達の死者は決して忘れない。

昼と夜が一緒に住むことはできない。
(朝日の前に朝霧が消え去るように)赤い人は白い人のアプローチ(進入)を避け続けてきた。
しかしあなた達の提案は適切に思える。 わたしの民はそれを受け入れて、あなた達が提案しているリザベーション(保護区域)に入居するだろう。
そして我々は別々に平和に暮らすだろう。何故なら偉大な白い酋長の言葉は、闇から私の民に話しかける自然の言葉のようにも聞えるから。

わたし達が日々の残りをどこで過ごすかはあまり問題ではない。
残りの日々はあと僅かだ。インディアンの夜は暗いものと約束されている。彼の地平線の上には希望の星は一つもない。暗闇の中で悲しい声の風が嘆いている。
赤い人の道には思わしくない運命が待っているように見える。無慈悲な破壊者の足音が近づいてくるのを聞いて自分の運命を愚鈍に受け入れる覚悟をする度に、傷付いた鹿がハンターの足音を聞いた如くに感じるだろう。

あと幾つかの月、あと幾つかの冬が過ぎれば、一時期はこの広大な土地の上を動いていた、偉大なスピリットに守られて幸福な家に住んでいた、偉大なホストの氏族は誰もいなくなり、一時期はあなた達よりも力強くより希望に溢れていた人々の墓の前で悲しむこともなくなるだろう。

しかし何故私は、私の民の運命を嘆かなくてはならないのか?
部族は部族に敗れるものだ。そして国家も国家に敗れるものだ。 それは海の上の波の如くに(次々と新しくなるものだ)。
これが自然の摂理で、後悔は無駄だろう。
あなた達の荒廃の時はまだ遠く、しかしそれは確実に来る。
何故なら(友達同士のように)神と語らう白い人でさえも共通の運命からは逃れられないから。
もしかしたら、わたし達はやはり兄弟なのかもしれない。
それはやがて明確になるだろう。

わたし達はあなた達の提案を考慮して、結論に達したならあなた達に知らせよう。
しかし私は今ここで次の条件を付け加える。
わたし達がこれを受け入れる場合、わたし達の祖先や友達や子供達の墓を(妨害される事なく)何時でも訪れる権利を確保するものとする。
私の民の考えによれば、この土の全ての部分が神聖なのである。
全ての丘、全ての谷、全ての平地、全ての木立は、遠く消えて行った何らかの悲しいあるいは嬉しい出来事で彩られている。
(静かな岸で日に照らされている石)死んで無能に見える石でさえも私の民の楽しい生活と繋がっており、その記憶を宿している。
そしてあなた達が今その上に立っている塵でさえも、あなたの足音よりも彼等の足音により愛らしく反応している。
何故なら、それは私の先祖達の血に富んでおり、わたし達の素足はその反響する感触を意識しているから。
わたし達の亡くなった勇者達、愛に溢れた母親達、幸福な心を持った処女達、そして僅かの間ここで喜んでいた小さな子供達でさえも、これらの玄宗な静けさを愛し、夕暮れに戻ってくるスピリットを迎え入れるだろう。

そして赤い人の最後の一人が居なくなったなら、そして私の部族の記憶が白い人達の神話(昔語り)になったなら、この海岸線は私の部族の見えない死者達で溢れ返るだろう。そしてあなた達の子供の子供が自分達は一人きりだと考えた時、野原で、店で、ハイウェーで、森の中で、(自分は一人きりだと)そう考えた時、彼等は一人きりではないであろう。
全ての地の上で孤独に捧げられたところはどこにも存在しない。
あなた達の都市や村が夜寝静まっている時、(それらの場所は)これらの美しい土地を一時は満たし今でも愛しているホストで沸き返っていることだろう。

白い人は決して一人きりにはならない。
彼(白い人)には私の民に対して公正に親切にしてもらおう。 何故なら、死者は無力ではないのだから。
私は死者と言ったろうか?
いいや、死などない。 世界が変るだけだ。



酋長シアトル(Si’ahl シィアール)は1780年 Duwamish(デュワミッシ)族の母とSuquamish(スクワーミッシ)族の父の間にBlake Island(ブレーク島)付近でに生まれています。
母方の叔父さんから酋長の地位を受け継いだシアトルは他部族との闘争で頭角を現します。戦いで破った他部族の人間を奴隷として一時は所有していたそうです。
シアトルはローマカソリックの教会で洗礼を受けています。洗礼名はノア。 しかし英語は全く習得していないようです。

後年シアトルの部族はより優勢な他部族に縄張りを奪われ始めます。と同時に白人の移民も増え続け、ネーティブ部族は押し出され始めます。
白人の移民者達によって彼の部族が伝統的な居住領域から立ち退かされた時、シアトルは、ワシントン州のOlympiaMaynardと交渉し比較的友好的な合意を取り結びます。この時シアトルの行なったスピーチが上記のものです。

シアトルは自分の部族をBattle of Seattle(ワシントン州のインディアン対アメリカ政府の最終戦闘)に参加させる事を拒否。その後(Duwamish族とSnohomish族を同じ地区に移住させれば流血は避けられないと考え)自分の部族を(白人が提示した)インディアン保護区に導くことも拒否します。

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