Sep 21, 2011

Ch19-10

The Incorruptible Body
不滅の体


確実なことが一つあります。 罪も死も創造しなかった神は「あなたが罪や死に縛られること」を意図してはいません。
神は死もその結果も知りません。 衣に包まれた影達の葬式行列は創造者を称えて行進しているのではありません(創造者は彼等が生きることを意図しています)。
彼等は(葬式の行列は)父の意志に従ってはいないのです。彼等は父の意図に逆らっているのです。 
彼等が埋葬しようとしている黒い衣に包まれた体はいったい何なのでしょうか?
それは彼等が死に捧げた体なのです。 それは腐敗のシンボルであり、死の犠牲であり、罪に捧げられており、死がそれを貪って死自身を生かし続けようとするのです。
それ(死体)は有罪と断罪されている者、それを作った者によって地獄に落とされている者、それを自分自身として見ている全ての埋葬者達によって惜しまれている者なのです。


神の子をこのように断罪出来ると信じているあなたは傲慢なのです。
しかし彼(神の子)を解放するあなたは「彼を創造した者」の意志を尊んでいるのです。
罪の傲岸は、罪悪のプライドは、分離の墓は、それら全ては(まだあなたには理解されていない)「あなたの死への献身」の一部なのです。
あなたが体の上に供えた罪悪の輝きが体を殺すのです。
何故ならエゴは「自分が愛しているもの」を殺すことによって、それ(エゴが愛しているもの)から服従を得ようとするのだから。
しかし「エゴに服従していなもの」をエゴが殺すことは出来ません。
あなたは(体があなたの聖なる目的にとって有用な限り)体を不滅にパーフェクトに保つ「もう一つ」の献身(死への献身以外の献身)を持っているのです。


体には感じることが出来ないように、体が死ぬことも出来ないのです。
体は何もしないのです。体はそれ自体では必滅でも不滅でもないのです。体は何でもないものなのです。
それは卑小な狂気の腐敗の「アイディア」の結果であって修正可能なのです。
何故なら神はこの狂気のアイディアに対して神自身のアイディアで応えており、この答え(神のアイディア)は彼/神のもとを去ってはいないのだから。
だからこの答えは「神の答えを聞いてそれを受け入れた全てのマインドに対する認識」を創造者に与えるのです。
不滅への献身を行なっているあなたは、それ(腐敗から解放する力をもたらす神の答え)を「あなた」が受け入れることによって腐敗/堕落から解放する力を与えられているのです。
一番難しく見えることを一番最初に成し遂げられると教えることは、奇跡のコース(ACIM)の中の一番最初のそして一番基本的な原則を教える最良の方法ではないでしょうか?


体はあなたの目的に従うことしか出来ないのです。
あなたが体を見ている通りに、体は見えるのです。
もし死が真実なら、それはコミュニケーションの最終的なそして完全な崩壊であって、それがエゴのゴールなのです。
死を恐れている人達は、自分達がどれだけ頻繁にそして強く死に呼び掛けているか気付ていないのです。自分達が死を求めており、死によってコミュニケーションから救われること(コミュニケーションから切り離されること)を自分達が求めていると気付いていないのです。
(死が求められているのは)死が「安全」として見られているからです。 死が、真理の光から救う偉大な闇の救世主、「答え」への応え、「神の声」を黙らせる者、として見られているのです。
しかしこのような死への退却は闘争/葛藤の終わりではありません。
「神の答え」だけが死の終わりなのです。
死への愛/耽溺(平和はその上を流れ超えて行く必要があるのです)を見ることへの障害は大きなものに見えます。
何故ならその中にはエゴの全ての秘密が隠されており、エゴの全ての奇妙な欺き(あざむき)の装置が隠されており、エゴの全ての病的アイディアや醜い想像が隠されているのだから。
ここに(エゴの中に)合一(union)の最終的終わりがあり、エゴの作ったものが創造に勝利している状態があり、生命そのものがこと切れている勝利があるのです。
エゴはその歪んだ世界の埃っぽい周辺に(エゴの命令によって殺された)神の子を横たえるのです。
彼(神の子)が朽ちていくことが、エゴの意志力の前では神自身が無力である証明なのです。 これが神が「エゴの獰猛な殺す願い」から「神が創造した生命」を守れなかった証明なのです。{と考えられている訳です}


私の兄弟達よ、我等が父の子供達よ、これは死の夢なのです。
「体(BODY)」があなたを導いて行こうとしている葬式はなく、暗い祭壇もなく、悲惨な戒律もなく、断罪の歪んだ儀式も(実際には)ないのです。
それ(体)から解放されることを求めるのはやめなさい。
それ(体)を「あなたがその上に掛けた無慈悲で容赦ない命令」から解放しなさい、そしてあなたがそれ(体)にさせようとした命令からそれ(体)を解放しなさい。
それ(体)を高めたことにより{体を自分の源と考え始めたことにより}、あなたはそれ(体)に死ぬよう命令したのです。 何故なら死だけが生命を征服出来るのだから。{何故なら、死は生命を征服出来るものとして想定されているのだから。}
そして狂気以外の何に、神の敗退を見ることが出来、それをリアルと考えることが出来るのでしょうか?


死のアピール(呼び声/魅力)が愛のリアルな魅力に譲ったなら、死の恐れは消えて行きます。
あなた達の関係の安全の中に静かに根付いている「罪の終焉」は、あなた達の合一(union、一つに繋がること)によって守られており、それが神の万能の力として育つ用意が出来ています。それが非常に近づいています。
救済の幼年期は愛によって注意深く守られており、それを攻撃しようとする全ての思考から守られており、強大な目的(その目的の為に救済があなたに与えられているのです)を満たす準備が静かに進んでいます。
あなた達の新しく生まれたばかりの目的は天使達によって育まれており、聖霊により大切にされており、神自身によって守られています。 それ(聖なる目的)はあなたによって守られる必要はありません。 それ(新しく生まれた聖なる目的)はあなたのものなのです。
何故ならそれは不死身で、その中に「死の終焉」が入っているから。
どのような危険が「全く無垢なもの」を攻撃出来るのでしょうか? 何者が無罪なものを攻撃出来るのでしょうか? どのような怖れが「罪を全く持っていないもの」の平和の中に入って来てそれを脅かせるのでしょうか?
あなた達に与えられたものが(たとえそれが幼年期にあろうとも)神とあなたの間の完全なコミュニケーションを達成しているのです。
その小さな手の中に(そのパーフェクトな安全の中に)あなた達が行なう全ての奇跡が握られており、それらが「あなた」に差し出されているのです。
生命の奇跡はエージレスで(年を知らず)、時間の中に生まれていますが、永遠の中で育てられているのです。
この幼児を見なさい。 「あなた達がお互いに対して与えた赦し」によって、そしてその中に神の意志を見たことによって、あなた(達)がこの幼児に休息所/住家を与えたのです。 
ここにベツレヘムの赤子が生まれ変わっているのです。
そして彼(赤子)に宿を貸した全ての人達が彼(赤子)の後に従うのです。 十字架に向かってではなく、復活と生命に向かって進むのです。


あなたにとって何かが怖れの源であるように見えている時、何らかの状況があなたに恐怖を感じさせてあなたの体を震え上がらせ冷たい汗を流させている時、そこには常に一つの理由があることを覚えておいてください。
その時エゴはそれ(あなたを怖れさせているもの)を怖れのシンボルとして、罪と死のサインとして知覚していたのです。{だからあなたは怖れを感じていたのです。}
しかしシンボル(象徴)やサイン(印)を源(ソース)と混同させるべきではないと覚えておいてください。 何故ならシンボルやサインはそれ自身以外を示すものとして現れているのだから。 {シンボルやサインは「何かよりリアルなもの」を差し示している象徴/印なのです。 鷹の印と鷹そのものは全く別なのです。}
それら(シンボルやサイン)の意味はそれら自身の中には無いのです。
それらの意味は「それらが表そうとしているもの」の中で探すべきなのです。
だからシンボルやサインは、それらが反映している「アイディア」の真偽によって有効だったり無意味だったりするのです。


このように意味が不明瞭になっている場合、それを裁こう(判断しよう)とするのは止めなさい。
「判断/裁き」の源としてあなたに与えられている聖なる者を思い出しなさい。
彼(聖霊)にそれ(シンボルやサイン/死や怖れ)を手渡して与え、あなたの為にそれを判断させなさい。
そして次のように言いなさい。

「これを私から取り上げて、(私の代わりに)これを見てください。これを私の為に裁いてください。
これを私が罪や死のサインとして見ないようにしてください。これを私が破壊の為に使わないようにしてください。
私がこれを平和の障害として使ってしまわないように教えてください。
これを私の為に「あなた」に使ってもらえるように、これ(平和)が来ることを促進させられるように、私を教えて下さい。」

"Take this from me and look upon it, judging it for me.
  Let me not see it as a sign of sin and death, nor use it for destruction.
 Teach me how NOT to make of it an OBSTACLE to peace,
             but let You use it FOR me, to FACILITATE its coming."

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