Mar 15, 2011

あなたは#15

36. Christ-controlled miracles are part of the Atonement, Christ guidance is personal.

36. キリストがコントロールしている奇跡はアトーンメントの一部分です。キリストは個人的で親密なガイダンスを与えます。

キリストがコントロール(管理)している奇跡とは何でしょうか?

これは真理がコントロールしている奇跡と言い換えても構いません。
何故ならキリストは真理なのだから。

奇跡とは、イエスとして知られている「神の現れ」に対する真の体験なのです。

それは最低限でも「(本来は神聖であるにも関わらず)人間のパーソナリティーとして見えているもの」に対する真の体験です。

そしてこれは普遍的なもの(全てに対して当てはまるもの)です。 あなたというキリストはあなたという真理なのだから。

真理から流れ出てくる奇跡はアトーンメントの一部分です。
それは、常に与えられ続けている、常にここにある「聖なる存在」を示しています。

そしてあなたも知っているように、キリストはいつでもそこに居て、あなたを見守っているだけでなく、あなたに「成って」いる(あなたとして存在している)のです。 だから、キリストは個人的で親密なガイダンスを与えます。

(この文章は、私-イエスがパーソナリティ/人格としてサン~ローズやカーソンやポールやビルやサラやスーザンやフォンテインという「あなた」達に成っていると言う意味ではありません。
「あなたの真理」(それがキリストです)が「私の真理」であり、この真理の「愛」があなたとして輝き出ることをあなたが許可しているところで、「あなたの真理」が永遠にあなたに成り続けているのです。 20091014日追加)


2006724

ガイダンス(ガイドの指示は)はとても親密でパーソナルなものです。
そしてこれは、あなたとマインドを分け合っている者から来ています。
だからガイドは何を言うべきか知っており、親密なる「愛」/優しさ/あなたに対する尊敬と共にそれをするのです。

(この「愛」を感じることを自分に許可しさえすれば、あなたの喜びと平和が再び流れ出せるようになります。あたかもダムの門が開いたように。

それは、この夢の中では夢見ることさえ出来なかった自由です。

自由とは、あなたが気が付いているよりも多くのことを示しています。 


The impersonal nature of miracles is an essential ingredient,

奇跡の非個人的要素もまた大切な要素です。

宗教の中では、特定の人だけがその正しさ故にギフトを受け取っているという考えが余りにも多すぎたのです。

このような考えが、「神は『良い子』を可愛がり、『悪い子』を懲らしている」という不正確な理解をもたらしてきました。

このような信念はとても残念なものです。 この信念ゆえに、罪(と考えられてきたこと)を犯した人達が「神」を怖れて、「神」と向き合えなくなってしまっていたのです。

それでも、必要に迫られてこの怖れを突き抜け「神」に助けを求めた者達は、「神」が(聖書に書いてある通り)「窮地の中のとても実際的でハッキリした助け」だと気付いたのです。

しかし、それ程酷い状況には居ない人達や譲る気持ちを持てなかった人達は、神を恐れるあまり往々にして、「神」の恩寵を感じることや、抱擁し喜びと共に癒やされることから取り残されてしまっています。

何故、私が奇跡の分配をコントロールしなければならないのでしょうか?

私の「非個人的要素」が(これだけ祈ったらあなたに奇跡がもたらされる、というような)形式主義を取り除くからです。


because this enables ME to control their distribution.

何故なら、それにより奇跡の分配を私がコントロール出来るようになっているから。

しかし実際は私が奇跡を配っている訳ではなく、受け取り手の渇望し求めているハートが奇跡の進入を許可するだけなのです。

往々にして『「物質的世界」こそが「リアル」であり、スピリットなどというのは愚かだ』という執拗で確信に満ちた主張により、奇跡を望む従順なハートが踏みにじられています。


2006726

Christ-guidance leads to the highly PERSONAL experience of Revelation.

キリストのガイダンス(指示)は、とても個人的で親密な啓示体験をもたらします。

私を聞くことがどれだけ頻繁に啓示(あなたが天国の体験と呼んでいるもの)をもたらして来たか、あなたはもう既に知っています。 

啓示を常に体験し続けることがどのようなものか考えてごらんなさい。

あなたはそのような体験も既にしています。
それは地獄の中の(苦しい状況の中にいる)あなたに大いなる喜びと平和をもたらしてきました。

「自分は常に尋ね聞いていた訳ではない」とあなたは考えています。
しかしあなたは、とても熱心に私を聞こうとし、「このようなことは祈りと断食からしか得られない」という私の忠告をよく覚えていました。

これがあなたを啓示の真っ只中に置き続けたのです。
だからほんの少しの努力で、啓示を常に体験出来るようになったのです。

「ガイダンスを聞いてその指示に従う意志があるなら、この本を読んでいる人にもこのようなことが可能だ」と知らせるために、私はあなたの体験について話しているのです。

自分といつも一緒に居る友達、本当に親密に一緒に居る友達を得ることがどれだけ気持ち良いか、教えてあげてください。

夢見ているあなた達は「親密さは体と関係している」と考えています。
カップルがセックスしたり、お母さんが赤ん坊にお乳をあげたり、家族やヘルパーが障害を持っている方をお風呂に入れてあげたり。 

それらは、ほとんどの人々が唯一許可している親密な体験(体を通した体験)でしかないのです。

しかし、親密さとは基本的に「マインド」によって発生していることなのです。

真の親密さとは(大きな)「マインド」の状態のことで。
それは「マインド」(あるいはマインド)の中でだけ起こっていることなのです。

映画キング・オブ・コメディを撮影していた「グリップ」(カメラなどを動かす係りの人)との体験をあなたは覚えているでしょう。(詳しくは注25をご覧下さい。)
これはあなたにとって、とても重要な体験でした。
この体験により、あなたは多くの「愛」を表現することが出来るようになったのです。

この本を読んでいる人は、何故私がこのことに関してサン~ローズと話しているのか怪訝に思うかもしれません。

それは、彼女がこの出来事を通して、日々心から聞くことを学んだからです。 だから彼女には、比較的簡単に私の言っていることが聞えるのです。

そしてこれはあなた達全員にも可能なのです。

これについて述べているのが次の文章です。


This is why it (Christ-Guidance) involves PERSONAL choice.

だからこれ(キリストのガイダンスを受け取るため)には、あなたがそれを自分で選択する必要があるのです。

だから私は、夢見ている者(サン~ローズ)の体験とそれが秘めている可能性を、この本を読んでいる親愛なる「あなた」に話しているのです。
あなたが「もう一度選び直せる」26 ように。


A guide does NOT control, but he DOES direct, leaving the following up to you.

ガイドはコントロールはせずに指示をしています。 それに従うかどうかは、あなた次第なのです。

私は「死者は死者に葬らせなさい。……あなたは私について来なさい。」27
と言いました。

ここでの「死者」とは、(人々を抱擁しようとしている、その抱擁を感じてもらいたくてしかたのない)「神の麗しい声」に対して無感覚になっている部分のことです。(2006727日に追加)

生命へ帰る道は「あなたは私について来なさい。」です。

聞きなさい。 私は次のようにあなたを導きます。

“Lead us not into temptation” means “guide us out of our own errors.”

「私たちを誘惑に導かないようにしてください」 とは「私たち自身の間違い(誤解)から導き出してください」という意味です。

2006727

何故なら、「神」は決して何かを使って誘惑などしないのだから。

「神」の行う唯一の誘惑は、「故郷/神/ワンネス(全てが一つであること)」を思い出すことだけです。

そして私の言葉や行いの全ては、あなたの記憶を目覚めさせるためなのです。

この記憶が体験されたなら、あなたが見ていること/体験していることは故郷の幸福からは程遠いものだと解ったなら、故郷への熱望がより強くなるでしょう。


2006728

“Take up thy cross and follow me” means “recognize your errors and choose to abandon them by following my guidance.”

十字架を取り上げて、私について来なさい。とはあなたの間違いを認めて、私のガイダンス/指示に従うことにより、それらの間違いを放棄しなさい。 という意味です。

これ以上クリアに言うことが出来るでしょうか?

あなたが抱えている唯一の十字架は、真理と「愛」に対する世界の憎しみ 28 をあなたが受け入れていることだけです。

クリスチャン・サイエンスのパンフレットに「もしあなたがターゲット(標的)になるなら、射程距離外にあるターゲットになりなさい。」とあるように、あなたも真理と愛に対する「世界の憎しみ」の外にいなさい。


2006 729

Remember that error cannot really threaten truth, which can ALWAYS withstand it.

覚えていてください。 間違いが真理を脅かすことは出来ません。 何故なら真理はいつでも間違いに耐えることが出来るのだから。

これは素晴らしい文章です。 これは「真理はいつでも勝利である。」と同じ意味です。

唯一必要なのは、真理として、全てがひとつである存在として、なにものにも揺るがされず立ち続けることだけです。

この「立ち続けること」はマインドのなかで、「マインド」として行われるのです。
そして常に(分離した)マインドあるいは(大いなるひとつの)「マインド」として、戦いが行われ勝ったり負けたりしているのです。(しているように見えるのです。)

あなたが「真理だけを知っているひと(ひとつ)」とシッカリ「繋がり」続けている時、敗れることはあり得ません。


ONLY the error is really vulnerable.

間違いだけが攻撃を受け得るのです。

間違いには(それがどのような形で現れていたにしろ、それにどれだけ説得力があったにしろ)カードで作った家ほどの基盤しかなく、それぐらい壊れやすいものなのです。

少し突けば、それは崩れてしまいます。 それは宇宙に対する間違った見方に関しても同じです。

間違いは、それに対する貴方のこだわりに依存しているのです。

間違いは、夢見ている者達が作り上げ合意している「法則」にサポートされているだけなのです。

これら間違いの全ては、どのような基盤も持っていません。
それを信じるぐらいあなたが愚かでなかったなら、それは存在出来ないのです。


数時間後の朝6時頃。

You are free to establish your kingdom where you see fit,

あなたは好きな所に自分の王国を作ることが出来ます。

そう、あなたは好きなだけ夢見ることが出来るでしょう。
悪夢の中で(何故なら心地良い夢もいつしか悪夢に変わってしまうから)、(マインドとしての)あなた自身を体験したいなら、あなたは確かにそうすることが出来ます。
しかし、「あなたが自分一人で何かをしている」という幻想的信念の貧しい「利益」のために、そのようなことをしたがる必要があるでしょうか? 

but the right choice is inevitable if you remember this:– The Soul is in a state of grace forever. Man’s reality is ONLY his Soul. Therefore man is in a state of grace forever.

しかし次のことを覚えていれば、正しい選択はおのずと明らかです。
魂は恩寵の状態に永遠に留まり続けます。人の魂だけが、そのリアリティです。だから人は永遠に恩寵の状態/状況の中に居るのです。

これらの文章があなたにとってリアルになるように、これらの文章を詳しく見て明確にしましょう。 

「魂は恩寵の状態に永遠に留まり続けます。」
魂(ソール)?

これは、なにか体から出てくるエーテルのようにフワフワしたものではありません。 人が誕生するときに体に入って、死ぬ時に体から出てくるものではないのです。

魂とは「あれ」とか「これ」とか限定して言えるものでさえないのです。
魂は「神」です。
魂とは表現としての「神」です。
魂とは個性(個人性)としての「神」です

これは光が太陽の表現であるようなものです。
魂とは、「神」が無限の個性として表現され現されているものです。
魂とは、「神」が「聖なるあなた」に成っていることです。


200681

Atonement undoes all errors in this respect,

アトーンメントとは、この意味から全ての間違いを正すものです。

「神」とあなた自身のワンネス(一体性)を聖なるもの(完全無欠のもの)として理解し体験し始めたなら、あなたは自分が「愛/生命/神/真理」として「ひとつ」であることを理解し始めます。

(同じ文を下記にもう一度言い直しましょう。 訳注)
「神」とあなた自身をひとつの完全無欠で分けられ得ないものとして、理解し、それを体験し始めたなら、あなたは自身が「ひとつ」の完全無欠な「愛/生命/神/真理」であることを理解し始めます。

このワンネス(一体性)の理解が、自身や世界に対してあなたが今まで懐いて来た間違った信念を解除します。 
そして間違いの解除が生命を癒やすのです。

あなた自身を「愛」として理解出来たなら、ハートとマインド(現在頭脳のフリをしているあなたのマインド)が頑なでなくなり、心臓病や発作の症状は朝霧のように消えて行くことでしょう。

あなた自身とあなたの世界を「よきもの」として理解することにより、無法状態を消し去り、細胞の突然変異などが解除されます。
そして無秩序から来ていた癌その他の病が癒やされ、それらが隠していたパーフェクトな体が現れます。

あなた自身を「真理」そして「永遠にリアルなもの」として理解することで、全ての不安と怖れが解除されます。

and thus uproots the REAL source of fear.

こうして、怖れの本当の源(原因)が取り除かれるのです。

そして、「神」が本当の「愛」(それはあなたの「愛」であるだけでなくあなたの「生命」でもあります)として受け取られるのです。
(20091014日追加)(これは特に今のサラに良く当てはまることです。)


怖れの本当の原因は、自分は「神/良きこと」から分離しているというフィーリング(感情)なのです。

あなた自身を「神」から分離しているものとして頑固に信じ続けることで、あなたは自分の「愛の無さ」を、彼/彼女へと「外側に」投射しているのです。


Whenever God’s reassurances are experienced as threat, it is ALWAYS because you are defending misplaced and misdirected loyalty.

「神」の気遣いが脅かしとして体験されていた場合、その理由は、間違った場所/方向に与えた信心をあなたが守ろうとしているからです。

エゴのトリック(ごまかし)は、あなたの信心(信頼)を要求しています。
何故ならエゴのトリックは、それ自身を世界から守る必要があるだけでなく、「神」からも自身を守らなければならないからです。


200682

That is what projection always involves.

投射(プロジェクション/他者に罪を着せること)には、常に上記のことが含まれています。

この夢の中では、 一枚の「レンズ」を通して見た時のように、全てが正反対に見えるのです。 

夢見ている人にとって、投射が分離なのです。

「神」に向かってアダムが「あなたが私に与えてくれた(私の肋骨を使ってあなたが作った)女が私をだましたのです。」と言った時、この投射が起こっていました。

しかし「神」は「何か」から「他の何か」を作る事はしませんでした。

アダムは単に、(彼が自分自身として見ていなかった)彼自身の一部分を犠牲の子羊として「外」に投げ出して、自分を守ろうとしていただけなのです。
このようにしてアダムは「神」に対し分離を押し付けていたのです。
しかし、このような行動や概念は不可能なのです。

何度も私があなたに繰り返し言って聞かせているように、「ワンネス(一体性)が全てに関する基本的事実なのです。」

アダムは彼自身と(彼から分離した部分である)イブをエデンから追放しました。

彼の分離に対する固執が、分離的体験を彼にもたらしました。
しかしこの体験は決してリアルにはならず、ただ頑迷な幻想なのです。

分離へ固執することにより、彼は(孤独に感じなくてもよい様に)より多くの分離体験を必要とし、ゆえに子孫が出来ました。 ここでも彼自身の一部が外に投射され、これが彼の「創造」(彼の作ったもの)として考えられたのです。

『「神」は誰も天国から追放していない』と思い出す事が大変重要なのです。
何故でしょうか?

それは、この神話には「神」が罰するとい信念が引っ付いているからです。

このような馬鹿げた考えが、夢見ている者達を目覚めから遠ざけています。


Error is lack of love.

間違いとは愛の不足です。

いったん間違いが(「愛」の不足が)「神」に投射されてしまえば、安全に故郷へ帰ることは不可能に見えます。

放蕩息子のたとえ話は、私の一番重要な初期の教えでした。
私が今しているのは、このレッスンを強化することなのです。
これを「愛に溢れた父」の寓話と呼んでいる人もいます。
「歴史」と「宗教」を少し調べれば、このレッスンが理解されておらず、受け入れられていないことは自明です。

「人間的状況」とは、実在していない罰を避けようとする試みなのです。

夢を見続けるために、この事実を無視して、夢見ている者達は彼等の憎しみと怖れを他者へ投射し(投げつけ)続けています。
しかしこれは、罪悪を左手から右手に移動させるようなもので、なんの違いももたらしません。


When man projects this onto others, he DOES imprison them, but only to the extent that he reinforces errors they have ALREADY made.

人がこれ(間違い)を他者に投射した時、その人は他者を拘束します。ただしそれは「他者が既に作り出している間違いを強化する」という意味においてだけ可能なのです。

このようにして、間違いは(「投射している者」と「投射されている者」両者の)合意の下に行われているのです。


200684

This makes them vulnerable to the distortions of others, since their OWN perception of themselves is distorted.

これゆえに(自分達で既に作り出している間違いゆえに)人々は他者からの歪みに影響されてしまうのです。 何故なら、彼等自身の知覚も歪んでいるのだから。

間違いに対する信念が、あなたの下により多くの間違いをもたらすのです。

だから、あなたは(私か、「神」か、あなたのガイドと)繋がるにしたがい、思考を「絶対的なもの」に与え続けるか、そうでなければ思考を止める必要があるのです。

愛を持ち得ないエゴは、全ての場所に愛の不在を見つけ続けます。

(それを私-イエスが反映しているにしろ、あなたの「正しいマインド」である精霊が反映しているにしろ)「愛」である「マインド」とひとつになって「愛する」ことをあなたが決意したなら、あなたはシフトするのです。

その時あなたが居るそこに存在しているのは、自分のことを必滅者(モータル)だと信じているエゴではなくなります。 あなたはシフトし始め、そこで「マインド」が働き始めるのです。

そうなれば、あなたは常時奇跡をもたらすことが出来るのです。


The miracle worker can ONLY bless, and thus undoes their distortions, – the distortions of those who are resolutely sleeping – and frees them from prison.

奇跡を行なう者(ミラクル・ワーカー)は祝福することしか出来ません。そうすることで人々の歪み(完全に眠ってしまっている者達の「歪み」)が正され、彼等も牢獄から解放されるのです。

この牢獄はあなた達自身が作ったものです。


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